さて、産業のコメをかつては言われ、我が国の高度経済成長をけん引してきた鉄鋼産業。
その代表格である日本製鉄の2020年度決算概況および2021年度業績⾒通しについてみてみましょう。
鉄鋼業界では中国勢の台頭が目覚ましく、我が国最大手の日本製鉄ですら最近単独営業損益赤字が続いており、そこに新型コロナウイルスの影響もあり大打撃を受けた2020年度決算。
来期以降、日本製鉄に明るい未来は待っているのでしょうか。
さっそく見ていきましょう!
日本製鉄 2020年度決算
2020年度決算概況
日本製鉄の2020年度決算は、個別開示項目において、
当期利益▲324億円(前年差+約4,000億円)です。
前期の歴史的大赤字から、新型コロナウイルスによる需要減等に苦しみながらも、なんとか最終赤字を最小限にとどめる努力が見受けられた決算となりました。
次に、単独営業損益および連結事業利益ベースでみていきましょう。
単独粗鋼生産、単独鋼材出荷が大赤字だった2019年度よりも下回るににもかかわらず、単独営業損益は赤字幅削減、連結事業利益1,100億円と健闘しました。
下期は、実質4年半ぶりに単独営業損益が黒字回復し、ビジネスベースでやっと暗いトンネルを抜けたといった感じでした。
ですが、この連結事業利益1,100億円の黒字の原因がえげつないんです。
こちらをご覧ください。
先ほどの発表資料に「自助努力により」と書かれています。
ちょっと待ってください。
自助という言葉は、どこかの国の総理大臣が言っていましたね。

詳細見ていきましょう。
上記真ん中の2019年度→2020年度の増減の部分で、プラス要因として挙げられているのが「コスト改善・減価償却費」です。
ベースキャッシュ固定費圧縮 +1,100億円 (対2/5 +100)
という恐ろしい文字が。
これは人件費の削減でしょうか。
日本製鉄の残業代カットやボーナス削減は2020年に大きな話題となりました。
この決算発表資料では断固として人件費の削減の形跡は残さないようにという強い意志が感じられましたので、決算短信を見てみましょう。
販売費及び一般管理費の項目を見てみましょう。
2020年度の販売費及び一般管理費は▲4,691億円で、前年差+1,026億円
えっ!?
先ほどのベースキャッシュ固定費圧縮 +1,100億円とほぼほぼ一致しますね。
もちろん販管費なので人件費以外もあるとは思いますが、新型コロナウイルスで営業活動の自粛等もあり営業関連費用が前年よりも増えていないと仮定すると、これらは大半が人件費という見方もできますね。
ということは、やはり、2020年度は社員の人件費削減の上に成り立った連結事業利益1,100億円の黒字ということですね。
残業代もしくはボーナスカットか、削減の詳細はしりませんが、いずれにせよ社員の聖域である人件費にまでメスを入れなければならない日本製鉄の厳しい経営状況が垣間見ることができます。
そして、この社員の生活費を削減してまでして絞り出したお金はどこに行ったのか。
2020年度の株主還元を見てみましょう。
2020年度株主還元
下記は2020年度の配当についてです。
2020年度は中間配当を無配としており、期末配当を2020年2月の第3四半期
決算で発表した通り10円としました。
社員の給与から搾り取ったお金はきちんと株主に配当金として還元されるのですね。
社員には悪いですが、会社で最も偉いのは株主であるので、株主へ配当を支払い、誠意を見せるのは株式会社という形態をとっている以上、当然です。
日本製鉄にとって2020年も最終赤字であっても通期無配というのは何としてでも避けたかったのが分かります。
日本製鉄は見事に資本主義のロジックを貫きました。
日本製鉄 2021年度業績見通し
2021年度業績見通し
さて、2020年度は人件費削減という「自助努力」でなんとか営業損益ベースで黒字回復し、3期ぶりの復配に転じた日本製鉄の2021年度の見通しを見ていきましょう。
日本製鉄の2021年度業績見通しは、個別開示項目において、
当期利益2,400億円(前年差+2,724億円)です。
連結事業利益4,500億円(前年差+3,400億円)と大きく躍進するとの見通しです。
この理由として、上記発表資料中の単独粗鋼生産が上回るという市況の改善を根拠として挙げています。
単独粗鋼生産は、2021年度約4,000万トンと前年差+700億円、中期経営計画で定める2025年度の3,800万トンと数字上では上回っております。
ゆえに、単独鋼材出荷数量も3,600万トンと前年を478万トンも上回り、ビジネスを拡大して連結事業利益4,500億円を目指しております。
しかし、これはあまりに楽観すぎて信頼を持てないというのが理由です。
理由は3点ございます。
- 利益
- キャッシュフロー
- 配当
順を追ってご説明申し上げます。
利益
まずは、この市況改善による連結事業利益の改善が2021年度に限ったきわめて限られた上昇に過ぎないのではないかという点です。
下記の発表資料をご覧ください。
連結事業利益のV字回復と大きく謳っているが、単独粗鋼生産数量が上昇するのは、下記の資料によると、2021年度の4,000万トンと単年だけで、2025年度には3,800万トンと減る様子が書かれています。
そして、右側の連結事業利益の図で、2021年度は4,500億円と書かれているものの、2025年度はまさかの棒グラフ自体無くてさすがに笑いました。
全然自信ないじゃないですか笑
さらに、以下の事業分析をご覧ください。
コスト改善+600億円と書かれています。
何のコストなのかは怖くて触れませんが、そういうことであることを皆様はお含みおきくださいませ。
なお、ピークの2018年度から唯一着実に進捗し、中期経営計画を上回っているのがコスト改善です。
下記の通り、2020年度単年で当初中期経営計画で想定していた1,500億円を達成しています。
そして、2021年度にも先述した通り、600億円のコストカットを実行します。
何度も申し上げますが、何のコストカットなのかは怖いからこれ以上追求しません。
しかし、コストカットのみきちんと計画通り進捗しているのは本当に草です。
以上が利益面での懸念事項です。
続きましてキャッシュ面です。
キャッシュフロー
次にキャッシュフローです。
下記ご覧くださいませ。
日本製鉄の資産圧縮を除いた営業キャッシュフローは2020年度で3,181億円と前年より約1,000億円下回っており、稼ぐ力の低下が懸念されます。
鉄鋼業は、設備投資や既存設備の維持コスト等莫大なキャッシュアウトが毎年発生するので稼ぐ力の低下は非常に厳しい問題です。
上記の通り、投資キャッシュフローはだいたい例年4,000億円近く発生しています。
しかし、営業キャッシュフローが減少しているため、営業キャッシュフローから投資キャッシュフローを差し引いたフリーキャッシュフローは加工の一途をたどり、2020年度には過去5年間で最低の141億円となっております。
事業利益ベースで明るい未来を描いても、キャッシュベースで2021年度を計画できないあたり日本製鉄の闇を感じます。
2020年度は年間配当無配を避けるべくコストカットを断行し、何とか期末配当10円を支払いました。
この原資は2021年に当てがあるのでしょうか。得意の借り入れでしょうか。
キャッシュに裏付けられておらず、利益だけが独り歩きする日本製鉄の2021年度業績見通しに不安が隠せません。
配当
最後に配当です。
先ほどのキャッシュの論点と重複しますが、来期の配当を発表していない時点で、キャッシュに自信がないことを明らかにしているので、私は不安です。
おそらく2021年度も中間配当は何かと理由をつけて見送るものの、1年後の年度末になると10円くらいの配当を実行すると思います。
どうやってキャッシュを確保するのか。
社員の人件費を削って確保します。
それも大事だが、守りの戦略ではなく、攻めの「稼ぐ話」を具体的にしてほしい。
市況を理由に利益が増える見通しです、と発表するのもいいが、キャッシュに裏付けされた具体的な戦略を問いたい。
最後に
日本製鉄は古き良き日本の伝統的企業が凋落し、もがき苦しんでどう脱却するかを考える上で非常に良い教材です。
2020年度は人件費カットという自助努力により事業利益黒字化を達成。
2021年度連結事業利益は増益、当期利益も黒字転換と明るい未来を描くも、どうやって事業を存続し拡大するためキャッシュと、株主に還元するだけのキャッシュを稼ぐのかが具体的に明示されていない。
中国の脅威も、脱炭素の影響も定量的に示されていない不確実性の高い事業環境下で、しっかりとキャッシュを稼ぐ体質の早期構築が強く求められます。
今回の報告は以上です。
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